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大河ドラマ決定の渋沢栄一って誰?実は凄い偉人のwiki的経歴

こんにちは、ショウゴです。

2021年の大河ドラマ「青天を衝け」の主人公に近代日本経済の父と言われた『渋沢栄一』さんと決まりました

主演は吉沢亮さん今をときめく人気俳優さんですね

2024年からは新1万円札に決まったこともあり、大抜擢と言っていいかもしれませんが

実はお札になるのも大河の主人公になるのもうなずけるって程の凄い人なんです

今日は『渋沢栄一』って誰?という人のために経歴を紹介していきたいと思います

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2021年大河主人公『渋沢栄一』プロフィールとは?

名前:渋沢 栄一(しぶさわ えいいち)幼名:英二郎

出身:埼玉県深谷市血洗島

生年月日:1840年3月16日

没年:1931年11月11日(享年92歳)

実家は農業、養蚕、染料の製造や販売と色々な商売をする豪農でした。

渋沢栄一さんは長男として6歳から『蒙球』や『論語』などを習っていました。

12歳からは従兄・渋沢新三郎のもとで学術と剣術を両立させていたそうです。

13歳からは藍の買い付けなどで商才を発揮していたそうです。

2021年大河主人公『渋沢栄一』の経歴とは?

渋沢栄一さんといえば稀代の実業家というイメージが強いですが、

江戸末期の生まれである渋沢栄一さんの最初の職業は武士です

序盤から二転三転する人生

19歳で結婚を機に江戸にでます

そこで勤労志士と交流してるうちに幼いころからあった幕府に対する不信感が増し、倒幕運動に参加するようになります

しかし、程なくして倒幕運動に行き詰まりを感じた渋沢栄一は一転

徳川幕府最後の将軍 徳川慶喜に仕え、幕臣となることに

外交官のような仕事をやっているうちに27歳で幕府使節団としてパリ万博の視察に同行するまでになります。

その後は大蔵省(現在の財務省)に入り、退官後実業家として活動していきます

農家→倒幕志士→幕臣→実業家と波乱万丈な人生ですね

実業家となってからの輝かしい経歴

パリ万博で様々な視察を行った渋沢栄一さんは株式会社という概念を日本に持ち込みます

渋沢栄一さんは実業家になり会社、銀行、証券取引所、教育機関、養護施設などを設立

その数は500以上

現在でも有名なものがいくつもあり、そのため渋沢栄一さんは『近代日本経済の父』と言われています

設立した会社

  • 商法会所(商社と銀行を組み合わせた日本初の株式会社)
  • 田園都市(東京急行鉄道)、秩父鉄道、京阪電気鉄道
  • 東京瓦斯(東京ガス)
  • 東京海上火災保険
  • 秩父セメント(太平洋セメント)
  • 王子製紙
  • 大阪紡績(東洋紡)
  • キリンビール
  • サッポロビール
  • 帝国ホテル
  • KDDI

設立した銀行、金融機関

  • 第一国立銀行(現在のみずほ銀行)
  • 地方銀行
  • 東京株式取引所
  • 東京手形交換所
  • 東京経済大学

教育、社会事業施設の設立

  • 商法講習所(現在の一橋大学)
  • 日本女子大学校(現在の日本女子大学)
  • 東京養育院
  • 日本赤十字
  • 聖路加病院

 

英語の「BANK」を「銀行」と翻訳したのは渋沢栄一さんと大隈重信さんなんだとか

現在でも有名な会社や学校を数多く設立しています

渋沢栄一さんは教育や社会福祉の事業に非常に力を入れて利益や富の共有を広げていたことがわかりますね

ノーベル平和賞候補に?

晩年も実業家として様々な活動をしていた渋沢栄一さんは、1926年、1927年と連続してノーベル平和賞候補に推薦されています。

理由としては設立した日本国際児童親善会の活動が、日本とアメリカの民間レベルの国際交流として認められたからと言われているようです。

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渋沢栄一さんの私生活

日本一の実業家といっても過言ではない渋沢栄一さんですが、調べてみると正妻のほかに妾さんがおり、非常に子だくさんだったそうです

その数、わかっているだけで12名

う、うらやまs

19歳の時、5つ年下の従妹、千代さんとの間に3人の子供に恵まれ

千代さんがコレラで亡くなった後に再婚した兼子さんとの間には4人の子供

庶子として認知している子供が4人

最初の妻の弟を養子として迎えています

裕福で金銭的な余裕があるからこそできることですね

当時としては、普通かもしれませんが英雄色を好むって感じです

渋沢栄一さんの子孫は様々な所で活躍されているそうです。

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